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【東方SS】幻想と現実の少女と仮想バニラ

 せせらぎのように緩やかに、雪のように静かに。陽の立ち入る隙は何処にも無く、時の流れは微睡んで。本棚は穏やかに、厳かに、何処までも何処までも連なっているかのように見えていて。
 「相変わらずだわね」と、不意に私は口をついてしまっていた。

 ひと月ほど前の話だったろうか。「私が持つ知識なんて、ここの蔵書に比べたら些細過ぎて塵芥も同然だ」と私が彼女にぼやいた時、彼女は「貴女の知識に比べたら、蔵書なんて塵芥も同然だ」と、細い眼を見開いて、私の肩を掴んで熱弁してくれたことがあった。その時の彼女の様子と言ったら無い。このいつまでもどこまでも埃っぽい館内で、息もろくすっぽ継がずに私の知識の価値についてつらつらと述べ続けるものだから、彼女は喘息の発作を自ら招いてしまって、二人ともただただ狼狽したものだった。その時に互いに言い得ぬ気まずさを覚えて以来、私は知識の価値について彼女と意見を交わした事は無かった。

 それでも、毎週日曜日に私が知識を伝え、その代わりに彼女は蔵書を貸し出す。その関係はここ数ヶ月間続いていて、やはり今日も今日とて続いている。

 心地の良い薄暗さの――しかし読書には到底向かない明度の――館内に納められている古びた書物の中で、どうにも心惹かれる本が一冊。くすんだハードカバーの背表紙に『幻想と科学の調和と新時代の展望』と書かれている本が、私の視界に映り込んでしまったのだ。なかなかどうして、興味をそそるテーマではないだろうか。それは到底お目当ての書物では無いのだが、私はその本を手に取りたい欲求を抑えられなかった。そもそも欲求を抑える必要なんて存在しないのだが、それはまあ、些末な事で。


 いそいそと伸ばした指が本に触れた時、埃まみれの物特有のざらつきを感じた。どの本に触れたところでこの感覚を味わってしまうのが、この図書館の問題点である。いつまで経っても慣れる事のない、不快がまとわり付く触感に苛まれつつも、私は背表紙の裏に人差し指を引っ掛けて、手前にするりと引く。

 いや……参った。

 本を手に取った瞬間、その本の背表紙の裏と中身の接着が剥がれて中身が全て抜け落ち、はらはらと、バラバラに解体されてしまったのだ。本としての形を成していない程に悲惨な状態を取り繕う事など到底不可能なので、素直に図書館の主の元へ出頭する他には無い。散り散りになった頁をかき集め、彼女のテーブルへとそれらをおずおずと並べてみる。こっ酷く叱られてしまうのも已む無し、と思っていたのだがしかし、その“元”書物を見て「あら、そう」とオーバーな位にドライな感想を述べられてしまったのだった。

「あはは……御免ね、うっかりしてて」
「いえ、良いわ。このくらいは損害にも入らない。この本に希少価値は無いし、内容も大した事は無い。いずれ処分する運命にあった本なのよ。それでも貴女が読みたいのなら、修復するけれど」
「それは有り難い。覆水も盆に返るのね」
「ええ。魔法でカバーと紙を繋ぐのよ」

 彼女はその細い指で、しっちゃかめっちゃかに入れ替わってしまった頁を、するりと撫でながら私に一瞥をくれる。それからすぐに逸らされかける彼女の視線をそのまま逃さぬよう、私は願いを投げた。

「ねえ! もし良かったら、その様子を見せて貰えないかしら!」
「良いけれど、少し時間が掛かるわよ」
「構わない。興味がある物はこの眼で見ずにはいられないの。なんていったって、私は――」

 そこまで口にしたところで、彼女に台詞を継がれてしまう。

「実践派なんだから、でしょう?」

 そう、大正解。

 「実践派」という台詞を吐くのは、これで一体何度目になるのだろうか。彼女に覚えられてしまうくらいだから、生半可な数ではない筈だが。それにしても、先に言われるとは思ってもみなかった。何だかちょっぴり可笑しくなって、私は綻んだ顔で彼女を見ると、向こうも私と同じ表情をしていた。だから余計に可笑しくなって、けらけらと声を出して破顔してしまった。

「存外にやるわねえ、貴女」
「ふふ。それじゃあ、準備を手伝って頂戴。きっと、大変な作業になるから」
「へ、準備?」
「頁通りに並べるのよ」
「そこからなの? そんなの魔法でお茶の子さいさいちょちょいのちょい、と出来ないの?」
「誰が本を壊したのかしら。それとも、必要な魔力は貴女が負担してくれるの?」
「いや……うう、判ったわよ」

 悪いのは私だし、言っている事は正鵠を射ていて、私は魔力を持たないのだから反論のしようもない。しかし、その瞳がいやに楽しげな色をしていたのを、私は見逃してはいなかった。

 椅子を並べて二人で行う作業に、私は少し後悔を覚え始める。作業そのものがとにかく地味で地道でしかなく、おまけに随分と神経を遣うというのが理由の一つ。それに加えて、本文がちらちら見えてしまうので、しっかりと読むよりも先に中身が判ってしまうことが、最大の問題点なのだ。

「あーあ。これが推理小説じゃあなくって良かった」

 急に大仰な溜め息を吐き出したくなったので、空気を目一杯吸い込んでしまった。
 ……ああ、そうだ。
 この場所は、“そう”だった。

「げほっ!? けほけほっ!」

 喉に埃がするりと滑り込んで、思い切り咳き込んでしまうとは全くもって無様極まりない。いがいがとした痛みに近い異物感はなかなか取れずに、何度も咳を続ける私はまるで、壊れかけたエンジンのようだ、と思えてきた。

「今、紅茶を淹れさせるわ」
「けほっ……ありがと……」

 こんな部屋だから、彼女の喘息は良くならないのだ。

 やがて運ばれてくるそれは、花の爽やかな香りを浮かばせたハーブティーであった。彼女は喉に良い紅茶を数種類愛飲しているらしく、今回用意されたのはその一つ。リコリスの根を使用しているのが決め手、とのことだ。その紅茶が運ばれてきた頃には、埃は流石に喉から剥がれていたのだが、未だ不快感は拭えずにいた。じっくりと紅茶で喉を潤すことで、ようやくひと息入れる事が出来た気がする。苦味や渋味を抑えた紅茶は喉にとって、私にとって、この上なく暖かい味わいだった。

 そうして、本を修復しながら紅茶談義に花を咲かせることになる。とは言っても私は元来珈琲党で、殆ど紅茶には詳しくはなくて、彼女から一方的に知識を得る形になるのだが。
 茶葉の特徴から始まり、続けてブレンドの仕方。それからロシアンティーの、茶葉とジャムの組み合わせについて。更には淹れる温度と香り、抽出時間と濃さの関係についても細やかに触れる。しかし、生憎実践派の私は、耳だけで記憶するのは苦手である。何事も実践が無くてはならないのだ。
 明日にでも実際に淹れて、アイツに飲ませて感想を訊いてみよう。

「紅茶って珈琲以上に奥深いかもしれないわね。……あ、そう言えば。フレーバーティーってあるじゃない」
「うん、それが?」
「実は私さ、初めてこの図書館に入った時、フレーバーティーの倉庫か何かかと思っちゃったのよ」
「はあ、何でまた」
「古本って、バニラの匂いがするわよね」

 その台詞に頁をひらりと一枚つまみ上げた訝しげな彼女は、それをそのまま鼻先の高さに吊り上げて、ひとつ頷く。

「言われてみれば。普段から居て、嗅覚が慣れてしまったのね」
「そのぎゅうぎゅう詰め込まれていたバニラみたいな匂いが、扉を開けた瞬間にふわっと溢れ出したんだもの。ここはきっとバニラティーの倉庫なのだわ、そう思った。でも現実には古本の香りだなんて、驚いちゃった。そもそも、何で本からそんな匂いがするのよ。バニラのお香にハマっていた時期があったの? それともカビか何かの匂い?」
「いいえ、本のインクや接着剤が劣化して変質した匂いだと思う。……そうか。香りを分析すれば、薬品で古書を傷めずに書かれた年代を特定出来るかもしれない」
「埃まみれの本の匂いなんて嗅いだら、発作起きない?」
「あぁ……。名案だと思ったのに」
「残念ね、っと。これで揃ったかな」

 肩を落とした彼女に、四百枚を超える束を手渡す。それをそっと受け取るって、何度も丁寧に頁たちの端を揃えてから裏背表紙にあてがった。……四百枚。八百頁。これだけの文章を著した八雲なにがしとかいう人は、一体どんな気持ちで未来を見つめていたのだろうか。中身は随分と理解してしまったが、じっくりと読み直して想いを馳せるのも悪くはないのかもしれない。

「良い? じゃあ、始めるわよ」

 途端に空気が張り詰めた気がした。本を見つめるその真剣な眼差しに、私はただ固唾を飲む。静寂が膨らんで図書館全体を押し潰してしまう錯覚に陥る中、眼を見開いて彼女の一挙手一投足に意識を向けた。

 白いしなやかな指は、背表紙をさらりと優しくなぞる。
 それから、彼女は小さく言葉を発した。

「はい、終わり」

 今、何と?

「……もう終わり!?」
「ええ、終わり。簡単でしょ?」
「うっわ、何か悔しい! もっと物々しいのを想像してたのに! あああああ、この有り余る期待感はどうすればいいのよぉ」
「物々しい糊付けなんて見たことがないわ」

 確かに頁は平然と繋がっていたのだが、どうにも腑に落ちない。どこまでも地味なだけで、ここまであっさり薄味な施術だと判っていたら、実践する所をわざわざ見なくても良かったのに。

「はあ。それじゃあ、二週間くらい借りていくわね。何か変に疲れちゃった、帰って寝る」
「あら、他の本は持って行かなくていいの?」
「うん。急ぎじゃないからね。ではでは、今日も有難う」
「ええ、こちらこそ」

 ひらひら手を振って、席を立って。
 ずるり、と。
 私は目の前の空間を“ずらした”。


 隙間に存在する通り道。私と、彼女と、アイツしか知らない抜け穴を抜ければすぐに――。


「それじゃあ、またね」

 私の居なくなった世界で。
 彼女は私に向かって、ひとりごちた。


 それではまた来週、お会いしましょう。



☆── …‥

ありがとうございました。


この作品も前回同様、お題を頂いて書いたものです。

・パチュリー
・喘息
・「古本ってバニラの匂いがするわよね」

今回の材料はこの三つ。
バニラの匂いだなんて、言われてみるまで思ったことはありませんでしたねぇ。
甘い不思議な香りがする、とは思っていましたが。
何だか素敵な喩えだなぁ、と。



ちなみに、匂いから書かれた年代を割り出す研究は実際に行われているそうですよ。
よく分からないんですが、実際に嗅ぐんですかね?

私の友人は、同人誌の匂いを嗅いだだけで印刷会社を当てられるとか。
凄い、けど凄くどうでもいい。


☆── …‥

最後に拍手コメントの返信を(一度やってみたかったんだコレ

>>お邪魔させていただきますー。いろいろ勉強させていただきます。

ようこそいらっしゃいました。大したものは出せませんが、ここの作品から何かを感じ取って貰えるのなら幸いです。
今後もよろしくお願いします。


開設したばかりで拍手コメントが1件あれば御の字ですね。感激です。

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プロフィール
東方Projectの二次創作小説を綴る同人サークル「Early Daze」(旧名「わるくない」)のブログです。

枯辺日向 Carebe Hinata

Author:枯辺日向

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当ブログに掲載されている【東方SS】とタイトルに付いている作品はすべて、上海アリス幻樂団様による、東方Project作品群の二次創作小説です。 文章やイラストを無断で転載したりすると、中の人たちがしょんぼりするのでお止めください。
Twitter @carebehinata
 
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